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2023/06/02
施設長のつぶやき~人が人を評価すること・されるということ~
こんにちは、施設長の田原です。
先日
観て参りました。
タイトルからてっきりタイムトラベルものだと思っていましたが
6500万年前、高度に発達した地球外生命体の宇宙探索隊が
隕石群に巻き込まれ地球に不時着するという物語。
6500万年前なので、地球は恐竜が支配する世界です。
恐竜は隕石の衝突で絶滅したという説が最有力です。
本映画ではちょうど隕石が衝突する数日前地球に不時着したという設定です。
不時着により宇宙船は破壊、隕石は降ってくる、生き延びたのは
主人公と、片言しか言葉が通じない少女の2名のみ。
この絶望的な状況から果たして無事に地球から脱出できるのか。
上映時間も1時間40分程度なので、無駄なく展開します。
この手の映画が好きな人にはお勧めですね。
さらに
サメの映画多いなぁ…
それでは本題です。
どのような組織においても評価というものがあります。
特に社会人として働いていれば評価というものを意識して当たり前です。
どのようなものが評価基準になるのかは会社・法人によって異なります。
営業職など成果がわかりやすい職種では評価も同じくわかりやすいと思いますが
この業界、とりわけ介護職員や看護職員を評価するのは非常に難しいです。
例えばパット交換を一人5分で終わらせる事が出来る職員は、
10分かかる職員よりスピードは速いと言えます。
しかしその後に尿漏れ等があっては意味がありませんし
何より利用者さん自身が「この人に交換して貰えると気持ちが良い」と
思って頂かなければ意味がありません。
このように目に見えるようで見えないようなものはどうやって評価すべきでしょうか。
中には試験に合格した者を評価するという会社・法人もあります。
確かに試験というものは平等に人を評価出来る尺度の一つであると思います。
しかし試験に合格した者が必ずしも優秀かと言われればそうでもなく
数々の国家資格保持者の中にも残念な人たちがいるのは周知の事実でしょう。
極端な例ですが、川崎市の有料老人ホームで3名もの高齢者を
ベランダから投げ落として殺害した犯人は、救急救命士の資格保持者でした。
そういった意味ではやはり試験に合格=優秀な人物と単純に評価するのも難しいと思います。
この問題に具体的な解決策はなく、月並みな言い方ですが
上司が色眼鏡なく、その人の人となりを見ていくしかないように思います。
さてさて、本日はこのような答えのない事をタラタラ話したい訳ではなく
実際に評価された時の「対価」について考えてみたいと思います。
評価に対する「対価」として最も重視されるのは当然「お金」でしょう。
昇進、昇給によって給与が上がる事や賞与を沢山貰える事は一番のモチベーションになります。
私も課長職として入職し施設長補佐(次長職)→施設長(部長職)→
教育企画経営及び事業開発連携統括部長(本部長職)と昇進するたびに
当然給与が上がっていきました。
それでは「お金」以外の評価に対する「対価」には何があるでしょうか。
やりがいや楽しさというものもあるにはあると思いますが、それは対価というよりも
従業員自身が感じるものであり、対価とは少し違うように思います。
私が高く評価した職員には当然仕事を任せます。
従業員からすれば、任された=自由に出来るという事になります。
私はこの「自由に出来る」という事が評価に対する対価ではないかと思っています。
私は新卒で入職の頃より「異端児」と言われる事が多かったです。
自分で言うのも何ですが仕事で結果は残してきたつもりですが
その分奇々怪々な行動もとって周囲の人達の頭を抱えさせていたとも思います。
しかしそんな私にも当時の理事長が「君に任せる」と言って多くの事を任せて下さいました。
いつも理事長に新しい提案(人事や介護報酬算定等)に行くと
「君に任せてるんやから好きにしなさい。しかしいつも言っているように結果は残しなさい」
と言われ、ものの1.2分で話は終わってしまっていました。
しかしそれが私にとって誇りであり
「ああ自分は高く評価して貰っているんだなぁ」と思ったものでした。
長くなったので続きは次回にします。